top of page

【活用 具注暦No.2】家司書きの年中行事を書いてみよう

2018.01.05

 「具注暦といえば欄外の年中行事を思い出す。」そんな方もいらっしゃるのではないでしょうか。例えば『御堂関白記』や『水左記』など、日記が書かれて今に遺っている具注暦には大抵、上の方に年中行事の名称が書かれています。でもこれは完成段階の具注暦には無く、後から貴族が(いわば勝手に)書き加えるものです。

 でも折角なので、旧暦正月と新暦正月(旧暦の12月ごろ)の二パターンの方法で朝廷の年中行事をリストアップしてみました。今回はそんな記事です。

家司書きの年中行事とは?

 

 現存する御堂関白記や水左記など、摂関家たちが利用した具注暦には、製造段階では書かれていないものを見ることができます。

 それは、朝廷の「年中行事」です。

『御堂関白記』を見てみると、日毎の記事の上に・・・

↑『寛弘七年具注暦』(「御堂関白記2自筆本 自寛弘6年至寛仁4年」思文閣 1984より引用)

 年中行事の名称が書かれています。

 しかし、この年中行事の名称は制作されて完成した段階では書かれていないものなのです。どういうことかというと、貴族が具注暦を制作している「陰陽寮」から納品を受けた後、貴族の私的な事務職員(いわば家来)である「家司」という人が後から書き入れるものなのです。そのため具注暦に書き入れられる年中行事などは「家司書き」と呼ばれています。

 ちなみに、朝廷の年中行事とは、節会や除目(役人の任命)、神事、仏事など多岐にわたります。これを執り行うことは皇族や王朝貴族の重用な責務でした。朝廷の年中行事を解説した『建武年中行事』や『北山抄(の前半)』もよく知られています。(尤も「具注暦」に日記を書く習慣は儀式の作法などを記録するために始まったものです。)

旧暦正月の年中行事

 『御堂関白記』や『水左記』のような古記録がお好きな方であれば、やはりこの家司書きも書いてみたいのでは無いか?というのが今記事の趣旨です。ではまず、旧暦での正月に書き込まれた年中行事を一覧化してみましょう。とはいえ『平成三十年具注暦』は新暦(太陽暦)で編纂しています。なので太陽暦とのズレを計算したものも後に掲載しています。書き込む方は旧暦版、新暦対照版、お好きな方をどうぞ。

 底本は『寛弘七年具注暦』と平安前期の儀式書『北山抄』です。括弧内で示しているのは『寛弘七年具注暦』で遺漏している事項や、省略されている文字です。特に『寛弘七年具注暦』は家司書きを正月11日から書き始めているので11日以前の事項は推定です。

※本文中での間違いや、ご質問などございましたら、コンタクトページ掲載のメールアドレスかTwitterアカウント(@simadu1123)までお寄せ下さい。

 参考文献

山下克明『平安貴族社会と具注暦』臨川書店 2017

大谷光男など『日本暦日総覧 中世前期1』本の友社 1992

湯浅吉美「日本古暦の様式について」『埼玉学園大学紀要〈人間学篇(13) 41-54〉』

中島和歌子「『御堂関白記』の陰陽道補遺ノート」『札幌国語研究 20』札幌教育大学 2015

甲田利雄『年中行事御障子文注解』八木書店 1976

『北山抄』国文学研究資料館 日本古典籍総合目録データベース

新暦に合わせた年中行事(旧暦11月から12月)

 平成三十年1月を新暦と対照すると元日は旧暦11月15日にあたります。内容の底本は『寛弘五年具注暦』です。

bottom of page