【活用 具注暦No.1】暦序を読んでみよう
2017.12.29
先月発売開始、今月通販を開始した『平成三十年具注暦』予想外の好評で数多くの方に手に取っていただくことができました。
その中で「具注暦の内容を解説してほしい」という声も多く寄せて頂きました。当記事ではまず手始めとして具注暦を開いて最初に現れる「暦序」という部分を解説します。『平成三十年具注暦』の読み方としても、「具注暦」そのものの読み方としてもお役立ていただけると思います。
具注暦を開いてみよう
具注暦を開いて最初に現れるのは「暦序」と呼ばれる部分です。ここでは一年間の吉方、凶方や一年の基本的な事項が書かれています。現在で言うところの国立天文台暦要項といったところでしょうか。この記事では『満済准后日記』が記された「應永二十年具注暦」を例に、暦序の内容を読んでみようと思います。
また、説明内で幾度か『暦林問答集』という書物を引用していますが、『暦林問答集』とは室町時代の陰陽寮の暦博士である賀茂在方が著したQ&A式の暦の解説書です。
暦序・各項目解説
なお以下項目の見出しは「(画像の番号)項目内容:「應永20での記述」」になっています。
① 巻頭書名:「應永廿年具注暦」
まず最初の項目は内題で、年次を記しています。
②干支など:「癸巳歳(干水支火,納音是水)」
「◯◯歳」と、当年の六十干支の干支が書かれています。
その下の小字で事項が記載されています。一行目の六十干支の五行は、年の干と支ごと当て嵌められた「木火土金水」の五行が書かれています。その対照は、十干の対照は、「甲乙=木、丙丁=火、戊己=土、庚辛=金、壬癸=水」となり、十二支の対照は、「寅・卯=木、午巳=火、辰戌丑未=土、申酉=金、子亥=水」とされています。
二行目には年の納音が書かれています。納音(なっちん)とは六十干支と古代の音韻理論などを木・火・土・金・水の五行に対照させたもので、主に生まれ年の納音を特別視して吉凶判断に具したようです。『暦林問答集』には「納音は、人の本命所属の音也という。すなわち商・角・徴・羽の宮也。納音は其の音の調を取り、姓所属を知る也」と書かれています。なお、六十干支との対照はWikipediaの納音の項に書かれています。
③年間日数:「三百五十五日」
一年間の総日数です。太陽暦の場合一年は三百六十五日と決まっていますが、太陰太陽暦の場合、一太陽年(章歳という)に一朔望月の三十もしくは二十九日に当てはめ、閏月や没滅日などを差し挟むため、一年の総日数はきわめて不安定なものだったのです。
④大歳方など:「大歳在癸巳 名大荒落之歳〜」
大歳とは、暦林問答集いわく歳星(木星)の精で天地の間に降りて八方を観て万物を観察するもので、その方位は最吉方とされました。逆に、その方位への討伐軍の派兵や、その方位で凶事を行えば疫病が起こるとされました。その方位は年の六十干支と同じで、應永二十年では癸巳の方向です。
その下に朱書で書かれる割注は「名大荒落之歳為一年君不可将兵抵向」と書かれています。「大荒落」は十二辰の一つで、十二支と対照して定まっています。不可将兵抵向は前述した派兵の禁忌の説明です。
⑤大将軍方:「大将軍在卯」
大将軍神は方角神で、平安遷都の際に桓武天皇が四方に大将軍堂を建立するなど、平安社会では崇敬を集めていました。大将軍の方位は年の十二支と対照され、「巳年の場合は卯の方角」という風に決まっており、その方角は何をするにも凶とされていました。余談ですが九条(藤原)兼実は治承・寿永の乱(源平合戦)の折、「頼朝の軍は大将軍の方角を憚って年内に上洛することは無いだろうが、立春をすぎればすぐに上洛するだろう」という風聞を玉葉に伝えています。大将軍の方位は平安社会では非常にポピュラーなものだったのです。
⑥大陰神方:「大陰在卯」
大陰神は土星の精とされ、また大歳の后とされました。その方位は十二支との対照で定まっており、巳年の場合は卯の方でした。暦林問答集によれば、妊婦がその方向に向かうことは凶とされています。
⑦歳徳神方など:「歳徳在中宮戌 合在癸戊〜」
歳徳神は福徳神で、一般的には歳神や正月さんとして浸透しています。その方位は十二支との対照で定まりますが、法則には諸説あります。その方位は吉方とされ、節分の恵方がこれです。
⑧歳刑神方:「歳刑在申」
歳刑神は水星の精とされ、刑罰を司るとされるました。一年の中形殺を受ける方向であり、福は少なく、万事において凶とされた方向です。その方位は十二支との対照で定まります。
⑨歳破神方:「歳破在亥」
歳破神は土星の精で、大歳の反対方向に位置します。起土、引越に凶。その方位は十二支との対照で定まります。
⑩歳煞神方:「歳煞在辰」
歳煞(殺)神は金星の精。その方向は殺気に満ち、万物が滅するとされました。その方位は十二支との対照で定まります。
⑪黄幡神方「黄幡在丑」
黄幡神は羅候星の精で、大歳の墓とされ、また万物の墓ともされました。その方向に門を建てることや土を動かすことは不吉とされました。その方位は十二支との対照で定まります。ちなみに黄色であるのは五行において土の色が黄色だから。
⑫豹尾神方「豹尾在未」
豹尾神は計都星の精で、黄幡と反対方向にあります。牛馬犬など尻尾の付いた動物をその方向に置くことは不吉とされました。その方位は十二支との対照で定まります。
⑬全方角に関する説明「右件大歳巳下其地~」
「右の件大歳巳下、その地穿鑿動治するべからず。頽懐の事あるによる。須く修営すべくは、その歳徳、月徳、歳徳合、月徳合、天恩、天赦、母倉、とならべば修営妨げなし。」と書かれています。「大歳以下の方向で土木作業をしてはならない。ただし、歳徳、月徳、歳徳合、月徳合、天恩、天赦、母倉(具注暦の中の吉日)の日であれば問題はない」という解説です。
画像:『満済准后日記 第二軸(應永二十年具注暦)』国立国会図書館デジタルコレクションより→(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287511?tocOpened=1)
⑭歳次「歳次鶉尾」
歳次とは木星の方向で年次を表す歳次紀年法のこと。「玄枵 星紀 析木 大火 壽星 鶉尾 鶉火 鶉首 實沈 大梁 降婁 娵訾」の十二次が干支に対照して循環します。
⑮歳次説明:「右件歳次所在~」
歳次に関する説明です。「右の件、歳次所在その國に福あり。将兵を抵て向うべからず」と書かれています。「歳次の方向の国には福があるので、軍勢を向かわせてはならない。」という意味。ちなみに朱書きにされたのは中世で、平安時代は墨書でした。
⑯月の大小:「正月大二月大閏二月小~」
年内の各月の大小を一覧化したものです。太陰太陽暦では三十日間が大の月、二十九日間が小の月とされています。
まとめ
以上が暦序の部分に書かれている内容です。暦序で書かれている内容は、現在の神社暦などでも継承されており、具注暦の中でも比較的現代に生き残っている内容ではあります。具注暦の場合は方角の禁忌などが非常に政治的なのが特徴的です。これは具注暦を手に取る人々が、そもそも院宮家、摂関家、国司レベルに限られていたからでしょう。暦序で分量を占めている方位神に関することは、国立国会図書館の「日本の暦」のページにも解説があるので、合わせて読んでみて下さい。
参考文献
山下克明『平安貴族社会と具注暦』2017臨川書店
山下克明『平安時代陰陽道史研究』2015 思文閣出版
大谷光男など『日本暦日総覧 中世前期1』1992 本の友社
大谷光男など『日本暦日総覧 古代前期1』1994 本の友社
渡邉敏夫『日本の暦 』1976 雄山閣
岡田芳郎『暦を知る辞典』2006 東京堂出版
湯浅吉美「日本古暦の様式について」『埼玉学園大学紀要〈人間学篇(13) 41-54〉
中村璋八「暦林問答集本文とその校訂」『日本陰陽書の研究』1985 汲古書院