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白居易の「司天台」−官吏がダメなら、百尺の天文台も意味がない−

  • 執筆者の写真: 茶坊主
    茶坊主
  • 2017年12月19日
  • 読了時間: 2分

更新日:2017年12月20日

 唐の白居易の詩でこのようなものがあります。


 仰いで視、俯して察す天と人との際(ツナガリ)

 義と和と死してよりこのかた、職事廃れ 官は賢を求めずして空しく芸を取る。

 昔聞く西漢の元成の間、下は凌ぎ上は替れて、そのせめ天に見(アラ)わる。

 北辰ほの暗うして光色少なく 四星煌々として光のごとく赤し。

 芒を耀かし角を動かして三台を射る 上台は半ば滅して、中台は圻く。

 この時太史の官 無きに非ざるも、眼に見、心に知れども敢えて言わず

 明朝 明光殿に はしり入り ただ奏す 慶雲と寿星を見るを

 天文と事変と両つながらく斯くの如しは、九重の天子知り給うを得ず。

 知り給うを得ずば いずくんぞ台の高さ百尺なるを用いるを為さんや。


 これは白居易が中国神話や漢代の司天台の話を引用して、白楽天の時代の唐の天文官を皮肉った漢詩で、『白文集巻三』に納められているものです。

 司天台とは天文台の意ですが、古代中国や日本の天文台を現在の天文台のようなものと思ってしまうと、この詩を理解することはできません。古代中国では天体の運行は天の帝から与えられる啓示と考えられていました。そしてそれを読み解く法則も確立されていました。司天台はその天からの政治的な啓示、すなわち天の文を観測して記録して読み解くのが司天台の役割でした。司天台の職員は国家の設置する太史局の官吏ですので、れっきとした国家公務員。つまり白楽天の「司天台」は実は役人批判の詩なのです。 


 

 司天台の大意は、

 「義と和(中国神話上の天文暦学者)が亡くなってから職事は腐敗してしまった。

昔、前漢の元帝や成帝の時代に世が乱れて、その事が天に表れた。北極星の光は暗く、后妃の星である四星は日のように明るく光り、光芒が官民を表す三台の星座を射た。上台の星は消えかかり、中台星の光は裂けた。この時、天文官はこれを見て、異変を察知したけれども、帝を恐れて心の中に仕舞った。翌朝、御所(明光殿)に入った天文官は、ただ「吉兆の目出度い慶雲と目出度い壽星が現れました。」と嘘八百を奏上した。天と事変が、このように繋がらなければ、天の御所の天子の事は解らない。解らないならば、どうして百尺にもなる高い天文台を使っているのか。」

 といったところでしょうか。(正確さは保証しません)


 司天台を痛烈に批判しているとはいえ、中盤の4文では天体の様子がまるで見えるかのように伝わってきます。ラストの「安用台高百尺為」も星月夜に立つ百尺の天文台がの姿が伝わってくるので、やはり美しい詩だと私は思います。

(「司天台」に登場する星座群。)


参考

野尻抱影『星三百六十五夜』1981 恒星社厚生閣

海部宣男『天文歳時記』2008

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